子供の心の整え方—
子供が自律神経と上手に付き合うために親ができることは?
子供は「つらい」と言葉では言わない
お子さんの中に、朝起きられない、起きても朝食が食べられない、なんだかだるそう、腹痛を訴える、イライラしている、帰宅すると疲れきって何もできなくなるなど、親から見てなんだか心配な様子が見えることがありませんか? 小さな頃はそんなことが気になることはなかった、就学してから少し緊張しているのかと心配される親御さんも多いと思います。これら原因のわからない体の不調は、自律神経によるものです。
自律神経のバランスの乱れはストレスにより引き起こされます。ストレスと言っても様々ですが、子供のストレスは多くが何かの始まりの時、例えば就学時、新学期、月曜日、朝などに生じて来るように見えます。もちろん、そんな時期は誰にとっても緊張を引き起こすものです。でもそうでない子どもが多くいることも事実です。
子どもが自律神経の整った状態、つまり心の整った状態はどうやって作っていくのでしょうか。変化やストレスに強い子供に育つために、小さなうちに親がしてあげられることってなんでしょう。
子供のうつ傾向、クラスに3人以上の割合
2004年北海道の大学病院精神科グループで、一般的に存在するうつ傾向のある子供の割合を調査した研究がありました※1 。その結果、小学生なら12人に一人、中学生なら4人に一人の割合でうつ的傾向を示す子供がいることがわかりました。この結果の驚く点はその割合の高さだけではなく、小さな子供にうつ傾向があること自体が多くの親にとって衝撃となったことでした。
子供のうつ傾向は外見からはわかりにくいものばかりです。実際に子供自身が意識していないことが多く、苦しさを断片的に表すことがあっても、大抵の時間は元気で、子供らしく笑っているということもあります。
子供のうつ傾向がわかりにくい理由の一つに、子供は感情を認識する力の発達が不十分であることがあります。二つ目に、私たち日本人のお行儀の良さもあるのだと思います。あまり自分の感情を表出することが良しとされていないのです。これは海外では違っていることがあります。例えばオランダの子供たちは、サッカーやテニスなどスポーツの場面で自分がいいプレーができなかったり試合に負けたりすると、ボールを強く蹴ったり、ラケットを投げたり、泣きわめいたりして感情を表現します。一方、日本の子供たちのほとんどは、悔しくてもそこまで感情を強く表現することは見られません。
私たち日本人は感情表現が苦手
ここには文化的価値観の大きな違いがあります。基本感情と呼ばれるもの、例えば「怒り」「喜び」「恐怖」などを始めとする感情体験は国を超えてもほぼ共通していると考えられますが、その表出の仕方は所属する文化によって違っているという点は私たちも経験上わかっていることでしょう。私たち日本人は自分の感情に注意を向ける以上にそれを取り巻いている周囲の物事にも気を払っているからです。つまり、感情を露わにする文化と自分の感情に注意を払うことを制御する文化があるということです。これの意味するところはなんでしょうか。
小さな頃から、親自身も他人に迷惑をかけてはいけない、自分だけのことを考えてはいけないと教えられてきたこともあるのでしょう、それを自ずと子供たちも受け継いでいます。日本の子供たちはクールで、大人を困らせたりしない礼儀を持ちあわせているのです。しかし発達的には感情を表さないことは、冷静で良いということではありません。注意しなければいけないのは、感情自体はせめて自分自身には気がついて欲しいと望んでいることです。
子供はストレスを「体」を使って表現する
感情はきちんと本人に知ってもらいたいと思っている、その理由は感情は私たちの「こころ」「からだ」「行動」と深く結びついているからです。感情は私たちに次の行動を起こさせ、豊かな情緒を育み、また自分の心身の状態を知り、そして他人の気持ちの理解を促進するものでもあるからです。しかし、その感情と矛盾した状況が続くとストレスとなり自律神経が狂い始めていきます。
私たちの自律神経は、行動や活動を起こす交感神経と、疲れをしっかりと癒し休息させる副交感神経によって機能しています。感情に適応した行動では、交感神経が感情とともにアクティブに活動し、その後寝る頃にリラックスを促す副交感神経が役割を引き継ぎます。ちょうど自動車のアクセルとブレーキのような役割分担です。もし過度に緊張し十分に頑張ってきた後も、休息が必要だということを子供自身にも親にも気づいてもらえずに、さらに頑張ることを強いられたらどうなるでしょうか。交感神経は休むことなく働き続け(緊張状態が続き)、役割を引き継ごうとする副交感神経がそれを追うようにそれ以上に働こうとし(一度休むと起きられなくなる、だるくなる)、昼夜が逆転し、バランスをますます崩すネガティブサイクルとなってしまいます。
問題は「こころ」「体」「行動」のどれかに現れる
感情表出が未発達な子供たちにとって、これらストレスは言葉の代わりに体や行動で危機を表すことで彼らの健康を守ってくれる大切な役目を負っています。人がストレスを感じると、「こころ」「からだ」「行動」のその中のどれかに、または順に問題が現れてきます。年齢により現れ方の傾向があり、小学生の低学年頃の子供は「からだ」と「行動」に顕著に現れ、そして小学校高学年からは「こころ」にも現れ始めます。
これらは全てが一斉に現れる訳ではなく、これらのような「いつもと違う」様子がいくつか見え始め、やがて徐々に現れ方が別の形に移り変わっていくものもあります。子供の場合は楽しい場面では笑ったり活動的になったりするので、状態としていつもこれらのような症状が見られる訳でもない点が大人にとって判断が難しいところとなります。学校で元気いっぱい、でも家では昼夜逆転が起こりイライラしているという状態でしょうか。
この状態が続くと、子供のストレスは徐々に加速していきます。感情のアンバランスが自律神経に及び、気がつくと朝は起き上がれない、疲れやすいなど、周囲には怠けているようにも見えてきます。また腹痛や頭痛が生じると、それが不安や緊張を高めることと関連づけられ、大切な時、例えば試験前やスポーツの試合前などには決まって腹痛や頭痛が現れるなどして悩むことになります。
過度の緊張があっても、自分で頑張りきることで親や大人に心配かけないように表に出さずしまいこんでしまいます。そこにきて親は不満事ばかりが目について「もっときちんと」「もっとしっかりと」と追い討ちをかけてしまうことで、子供のこころのバランスを崩していってしまうのです。
いろんな気持ちがあっていいんだよ
大切なことは、小さな頃から「自分の感情と仲良くすること」を大人がしっかりと教えてあげることです。そしてどんな感情であっても、それは子供にとって悪いものではなく大事な感情であるということを伝えてあげることです。
例えば、「怖い」という感情を「大丈夫、怖くなんかない」と打ち消さないこと、「不安だから甘えたい」という感情を、「大きいんだから甘えてはだめ、しっかりして」と言って拒絶しないであげて欲しいのです。怒っていたら「怒ってはダメ」と言わずに、どうして怒っているのかを聞いてあげることです。
感情と仲良くなる方法
感情は年齢とは関係なく様々に生じるものです。そして感情は誰かに受け入れてもらう(知ってもらう)ことで落ち着いていくものです。「怖いのね」「悲しいのね」「怒リたくなることがあったんだね」「何か甘えたくなることがあったんだね」と、言葉にしてしっかりと感情を受け取ってあげて欲しいのです。これが、やがて子供の感情のラベルづけとして機能していきます。
1 感情にラベルを貼ってあげる
自分の感情にラベルがつくと、子供には自分の感情を認識する力が育っていきます。嬉しい時に、「嬉しいことがあったんだ」、イライラする時に「自分は何かに怒っているんだ」」と感情は様々な自分に関することを教えてくれます。一方で、発達的に心の機能が未熟な場合も、「なんだか不安だ」「なんだか困惑する」と気づく手立てとなり、それがどこから来るのかを大人と話し合う手がかりとすることができます。また感情は、気づかれないと別の形で現れようとしますので、感情が認識できるということは今後の感情の制御不能を予防することができます。子供は自分の気持ちが理解できると、次はそれをどう対処しようかと考えることができ、それは感情知能や非認知能力の育成に繋がっていきます。
2 その気持ちをどうするかを一緒に考える
時に、強い感情を抑えきれなくなり周囲を困らせてしまうこともあります。例えば、癇癪(かんしゃく)などがその一つです。しかし、どんな感情を子どもが持つかは大きな問題ではありません。どれも大切な子供の感情の一つなのです。怒りやすい子供もいれば、内に貯めやすい子供もいて、どんな性格傾向もそれ自体が重大な問題にはならないのです。繰り返しますが、感情は否定するものではなく受け入れることが大切で、どう表現するのが良いかを考えることにつなぐことが大事なのです。
こころを強くする「種」を育てる
例えば、感情を認識した癇癪持ちの子供には、どんな時にその気持ちが強くなるのか、そのサイン(前兆)は何か(例えば体に力が入る感じ、顔が赤くなる感じがするなど)など、自分の感情の手がかりを親と一緒に探ります。そして、そんな様子が生じた時はどんな風に気持ちを落ち着かせ、誰かに相談するなどの対応を考える習慣づけをするのです。これは成長の大きな手助けなります。自分をしっかりと知ることは子供の心の強さとなります。逆を考えてみるとわかりますが、自分自身と向き合うことなく知らずにそれまできた大人は、何をやってもチグハグでうまく行かないものです。どう感情の対応をするかを学ぶことは、自分の感情を自分で制御できるという感覚をつけるということです。また同時に、問題解決の道筋を考える意識を高めます。これらが結果として、扱いが難しいと言われる青年期の安定度を左右していくことになるのです。
自分を大切に思う気持ちが他人への思いやりを引き出す
自分の感情を理解することは、自分の気持ちを受け入れていることですので、そうやって自分が大切に思えると、人は他人にも優しくなります。これは決して親や大人から褒められるからという子供じみた理由からではなく、相手の気持ちを推し量る気持ちが育つことで自ずと引き出されるものです。私たちは社会の中で自分らしく社会と適応しながら生きていくことが、人としての発達を示しています。従って最終的に自然に誰かのために何かをできる子供に育つことは、社会で彼・彼女自身が社会に愛されながら幸福に生きていくことの大きな足がかりとなるということなのです。
参考文献
※1 下山口晴彦 監修 「子供のうつがわかる本」大日本印刷株式会社
執筆
淵上美恵
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